« ウォルト・ディズニー・カンパニー | メイン | 間部 のチェトニックについて »

ルイ14世の見たクラバット

意外に知らないネクタイの歴史。
今日はしらべてみました。


一説によると、2世紀頃のローマ帝国では兵士が防寒を兼ねて羊毛の布を首の回りに巻いていたのが起源といわれている。また弁士はフォーカルと呼ばれる布をのどの保護のために巻いていたといわれている。


現在のネクタイの原型は17世紀頃とされる。

一説にはルイ13世を守るためにクロアチアの兵士がフランスを訪れた際、彼らが出征兵士の無事帰還を祈るために妻や恋人から贈られたスカーフを首に巻いており、それを見たルイ14世が興味を示して「あれは何だ?」と側近の者に尋ねた。クロアチアの兵士について尋ねられたと勘違いした側近の者が「クロアチア兵(クラバット)です」と答えた為、クラバット(cravat)と呼ばれた、というものがある。

なおこの説への批判的な意見として、「14世紀にはすでにフランスでcravateという語は使われていた」とも言われている。

現在でもフランス語などではネクタイを「cravate」と呼ぶ。またこれから18世紀にかけて、クラバットに限らず首に布を巻くスタイルは兵装としても用いられ、一般に広まった。この形のクラバットは第一次世界大戦頃までの一般的な男性の正装となる。


イギリスでのクラバット
19世紀後半にイギリスでクラバットの結び目のみを残したものが作られた。これが蝶ネクタイである。

アスコット競馬場に集まる際の服装としてアスコットタイ、ダービー・タイが生まれ、正装になったのもこの頃である。

同時期に、現在の主流となるネクタイと同じ形である「フォア・イン・ハンド・タイ」が生まれる。プレーンノットを別名「フォア・イン・ハンド」(four-in-hand)というのはここから来ている。

発祥については諸説ある。

本来は4頭立ての馬車の呼称であるため、御者の間でこのネクタイが使われたことから広まったという説。
オスカー・ワイルドがこのネクタイを考案したという説。

日本
ジョン万次郎が日本で初めてネクタイをした者であるとされる。これは米国から帰国した際の所持品にネクタイがあったためである。

維新後の明治政府は洋装を積極的に推進し、官僚を中心にしてネクタイ着用が広まっていった。

ホームページ制作 仲座 はいろんなことを調べているよ
4090 鶯谷デリヘル 掃部 の日常
2890 春原 氏の一般的考え
3190 上運天 氏の一般的考え
3490 針生 氏の一般的考え
3791 品川デリヘル 青池 の考えなどを書く日記
4091 品川デリヘル 早稲田 の考えなどを書く日記
4390 ホームページ制作 醍醐 はいろんなことを調べているよ

About

2008年05月05日 08:06に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ウォルト・ディズニー・カンパニー」です。

次の投稿は「間部 のチェトニックについて」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34